行動医学 -第31話から第40話-

31 表情

行動医学(31)
喘息大学学長 清水 巍

 城北病院に入院してきたI氏(44)の主治医は私でした。ステロイドでムーンフェイス(満月様顔貌)になった、その胸にはしつこい喘鳴、湿性う音、乾性う音が聴かれました。城北病院の外来や入院で“苦しい、何とかして欲しい”と言っている患者さんと同程度の発作状態だったのに、御本人はとても楽だというのです。点滴をぶら下げながらでも廊下を歩けるんだから夢みたいだというのです。城北で点滴をブラ下げながら歩いている人はどう思いながら歩いているのでしょうか。I氏と同じでないことは確かなようです。とまれ、1度、寛解状態にもっていく必要がありますから、持続点滴をしました。3週間ほどぶっ続けに点滴を続けたでしょうか。ようやくスッキリしてきた、こんなことはここ数年間1度もなかったと嬉しそうに語りました。
 しかし、点滴の本数もステロイドも減らす必要がありますから、減らすとまた元に戻ってきます。「もう一度あの持続点滴やって貰えんやろか。あの時はスッキリしたになあ」が、今度は口ぐせの言葉となりました。夢は歩けることでなくスッキリすることに変わりました。「先生、自分だってステロイド使いたいと思うとらんです。身体が要求しよるんやろか」「先生は心因性60%以上あるというけど自分にはありません。痰も黄色いし、感染型と言われますけん。もう気管支粘膜がボロボロになって、それで治らんのと違いますか」と誰かさんが思ってると同じことを語りました。
 I氏の心の奥底には強い医療不信があることが感じられました。「先生そんなものありません。あればこんなとこまでよー来ませんわ」そう笑っていましたが、再三の指摘のある日、思いつめて相談に乗って欲しいと言ってきました。「ステロイド漬けにした医師を許せない。粉クスリを混ぜよって分からんようにしてからに。名医だと信じた自分が馬鹿かもしれんが、テレビに出て告発しようとしたけど、医師会の裏からの圧力で潰された。裁判で決着をつけようと思ってきたのですが・・・」という話でした。ステロイドは医師が必要だと考えれば使ってよい薬になっているし、裁判や告発で恨みを晴らすのではなく、治しきって故郷(くに)に帰り、自分を見せることで多くの人を救うように、と話をしました。
 抑圧してきた考えや恨みが噴出する時の、すさまじいエネルギーを目のあたりにしました。その後、大発作はなくなりました。いつのまにか俳句を作るようになりました。故郷から持ってきたザリガニ、―こいつは強いけん(相手を喰ってまで生き伸びようとする)あやかろうと持ってきました―というのをベットの脇の水槽から浅野川へ逃してやったそうです。元気なうちに逃してやろう。そういう心境になれたのです。
 しかし、点滴を減らすことができても切ることはできませんでした。看護婦さんたちが働きかけを開始しました。これで楽になるか、これで楽になるかと、いつも点滴ビンをチラリチラリと眺めて過す裏に、きっと何かがあるに違いない。手記を書くようにとアプローチがされました。さすがにI氏は1度決めると実行力がありました。見事に手記を書き上げ、みんなの前でも発表したのです。今まで誰にも言わなかった、言えなかった抑圧してきたことに陽の目をあてたのです。氷塊が解け始め、氷魂が減りだしたのです。医療不信と氷魂の減った分だけ、新鮮な空気が出入りするようになり、自分が楽になりました。新たな人生設計も考える余裕が出て来ました。

 表情は怒ったザリガニの表情から、笑うと童顔がのぞく穏かさが甦ってきました。買い物に外へ行けるようにもなりました。先日は花見に二回も行ってきました。表情に丸味が漂ってしました。
 目は口ほどに物を言い、とか、心は顔に書いてあるとか昔からよく言います。表情とは、情が表に出ると書きます。喘息の発作時の表情も様々です。怒り喘息、恨み喘息、つらみ喘息、ヤマアラシ喘息(身を守るため毛を逆立てる)、仮面喘息といった表情の見られる人もいます。発作の当事者は、自分の表情を知る余裕はありません。互いに顔を見合ってみたらどうでしょうか。憎み喘息、つらあて喘息、泣き喘息、嘆(なげ)き喘息もあります。しかし、そういう表情になったり、そういう感情や気分、不安が嵩じて喘息が起こったにしても、その人、個人が駄目だったからだと言っては酷すぎます。一生懸命、過剰に適応しようとした結果、そうなったのだと言わねばなりません。そういう感情をうまく発散したり処理することができず苦しんでいる人と言わざるを得ません。回りの責任もあります。本当の意味で克服が始まると明るい表情となります。
 学長である著者も悩み強かった人間ですから、いまだに表情が緩んでおらず、申し訳ないと思っています。その間のいきさつは、“みんなで治す喘息大学”という著書や、2期生の卒業論文集の巻頭の挨拶で触れています。中・高校時代に悩み苦しんだ表情が今も尾を引いているのです。その歪みを何とか直そうと実践をしてきましたが、これからも一生の課題だと思っています。自分の歪みを正して生きて行かねばならぬと思うのです。

32 行動は喘息をよくするが人格はまだ

行動医学(32)
喘息大学学長 清水 巍

 成人喘息患者の歪みを正す実践であると共に、私個人の歪みをも正してくれる第6回交流会(5月5~6日、山代温泉・松籟荘)の盛会は目ざましいものがありました。2日目の杉田峰康先生の講演には笑いと感動が渦まき、全ての参加者が、自分の生い立ちや考え方を反省してみるよい機会となりました。
 ここに1冊の部厚いファイルがあります。その一部は今号の“わかば”でも紹介されるでしょうが、第6回交流会の感想文です。北海道から沖縄までの各県から来た学生の記録には、わずか1泊2日で大転換を遂げることができた喜びが綴られています。自分よりももっとひどい人がいた。よくなってきた。そういう驚きと感動が人間を変化させているのです。交流療法がステロイド並みに、いや、ステロイドは一時おさえだけれど、交流療法は副作用なしで人間の中身を変化させ行動を変える劇的な治療法であることを確信しました。ここを基点として出発する毎日の生活が、これまでの喘息漬け、クスリ漬けからの脱出を促すのです。
 成人喘息コンサルタントは1期生の36名に加え、2期生の36名が加わり(5名が卒業論文を出さず60点に満たず落第=残念ながら除籍。努力しない人まで卒業させる程、喘大はお人好しではない)新たな展開の時代を築きつつあります。1期生の陰の力があればこそ、今回の成功がありました。「してもらうから、してあげるへ」の転換が始まったのです。2期生の卒業生の四国・高知の河野さん(女性)や、愛知の長谷川さん(男性)は、来年も来てお手伝いしたい。来れればずーっと毎年、来たいと語り握手して帰っていかれました。
 在校生の中にも、「してもらうからしてあげるへ」が始まっています。神戸の小林達夫さんは、“あじさい会”という喘息患者会で報告会をし、感銘を与えました。喘大生が4人いて協力しているそうです。関東の相模原病院(日本で喘息治療のトップと言われる)で田中亀久司さんらが報告会をし(3名喘大生がいる)感銘を与えたそうです。田中さんは「私の考え方は出席して変ってきました」と語っています。香川県・高松の津田さんは数万円分、書籍を買われ、会員に配ると言って(交流会の)会場から送りました。奄美の石田律さんは“あさがお会”に学長の私を招き、講演会を6月22日に開く予定です。(鹿児島の民医連の職員への講演を奄美で行うのでそのつどいでということです。)東京では5月25日に、私と成人喘息コンサルタントの名畑勝治さんも出席して、わかば会関東支部での第6回喘息大学交流会の報告会(渋谷・富士銀行会議室)も欠席者を対象に開かれます。
 こうした喘息大学生、成人喘息コンサルタントの活躍ぶりや、喘息大学の全国への広がりについて、5月31日のNHKテレビ、ニュースワイドで数分間、全国に流されることになりました。それは東海・北陸の30分番組とは全く関係なく、東京から話しがあったものです。今や、全国に“喘息大学”は影響を広げはじめました。
 今度のアレルギー学会(9月、群馬県前橋)の抄録を5月20日までに作り上げ送りました。寺井病院保健婦・藤山恭子さんのまとめて下さったエゴグラムと今年度の喘大の成績とを比較検討したものです。それによると二つのことが明らかとなりました。一つは喘息患者には共通のエゴグラム(心理的パターン)があるということです。入学する前の6期生も、2~5期生のいずれの学年も全て、似ていたのです。全く同じと言っても過言ではありません。自由な子供の感情の表現ができていない人という特徴が浮彫りにされました。
 もう一つは、それと関係なしに、鍛錬を継続し、行動を変え自分を変えた人は必ずよくなり、抜群に改善しているという事実です。ここから次の結論が出てきます。行動が変り、喘大への出席を継続し自分を変えていく人はよくなる。しかし、心理的パターンや人格はまだ十分変ってはいない。杉田先生の話や交流分析入門という本、私の著書に添ってもっと勉強し、喘大同窓会での活動や実践を続け、自省療法、リラックス療法をやっていかないと再発があったり、改善のストップという事態が起こり得ることが明らかとなりました。寺井病院保健婦の藤山さんや、城北病院看護婦の玄田さんを中心に、同窓会活動の活発化が行われる予定です。
 城北病院の入院患者さんや、外来患者さんの、NHKテレビの取材協力や、全国から来る喘大生との交流にも、目を見張るものがありました。善意の重なり合いが“喘息大学”や“わかば会”をここまで育ててくれました。善意の磨き合い、蓄積こそ、人間を変え、喘息を“善意”とするのですが、光あれば陰あり、物事には表もあれば裏もあります。次回は、光や善意の背後で、くすぶり続けている不満や不安が何故、消えないのか考えてみることにしましょう。カムフラージュ(擬装)・仮面の後方に何が横たわっているのか見つめてみることにしましょう。

33 不満や不安の背景には何が

行動医学(33)
喘息大学学長 清水 巍

 光あれば陰あり、物ごとには表もあれば裏もあります。光や善意の背後で、くすぶり続ける不満や不安が何故、消えないのか考えてみる前に、どんなふうに表われるのか一例あげて見てみることにしましょう。
 半年前からNHKのテレビでは30分番組を作るために、色んな場面を集録しました。入院患者さんにも、外来患者さんにも協力をして頂きました。6月23日(日)の全国放送では、感動したという感想が多数、寄せられ成人喘息コンサルタントの誕生したという短いニュースは、よく活動をコンパクトに紹介したと、よい評判が寄せられました。
 その場面に誰が登場し、誰が写るか、それはNHKが勝手に取捨選択するのは当然のことです。患者の一部には、私を写した筈なのに私の場面がカットされた。NHKは不公平だ。などという感想が、一部ですがあったのだそうです。誰がそんなことを言っていたのか教えていただけませんでしたが、自分がどういうことを言わんとしているのかと嘆かずにおれません。大ていの人は、写らなくてよかったとか、やれやれというのが普通でしょうに、たとえ思っても、そういう感想は口の端にのぼるものでもありますまいに。それが、そうだとなる背景には、ちょっと思ったことでも何でも、口に出さないと気が済まないという一群の人々がいることを示しています。誰が考えても「NHKは不公平だ」という感想のまかり通る筈がないのに。―さしさわりが起きるかどうなのか分かりませんが―陰でささやかれる不満の例として挙げました。
 自分の思った通りにならないと不満が出る。それは即、口に出さずにはおれない、そして合意を求め歩く。このような現象は何故起きるのでしょうか。人間としてのキャパシティ、容れ物が小さいということが一つ考えられます。何か思うとおりにならない不満や不安、イヤなことが一つあるだけで、破れ鐘をたたくように大仰に大きな音を出さないと気が済まない。一つの刺激で十の反を起こすという傾向です。容れ物に入りきらないから大仰になるのは当然だというわけです。その一つの理由は、その場その場での感情心理を理性的に判断して処理できぬため、あっちへ持っていき、こっちへ持っていき、やがてすり減るまで持って回ってウップンを晴らさざるを得ないということもあります。
 即ち、色んな事件や言動に人間はぶつかるけれども、容れ物を大きくして受けとめ、クッション力を使って衝撃を吸収し、理性的に、早目にその場で処理をしてしまうことが大切だということです。それができぬと、何だかんだと、不満をあっちいってポロと、こっちいってポロ出し続けていないと居れぬということになります。更に、ポロポロ口出してもまだ、みんなが思うように共感してくれないし、喘息発作を起こさなければならないのです。そういうふうに不満や不安が処理しきれぬため、感情がさわぎ喘息になっているというメカニズムが分らず、不満や不安を口にしながら喘息発作で解消している一群の人がいるのです。
 もう一つの不満、不安が出てくる一群は、次のようの人たちです。
 今度は容れ物が大き過ぎるか、何でもかんでも無造作に放りこみ、整理できぬ人です。一体、何が感情としてインプットされたのか、何が入ってきたからどうなったのかということが引き出せないわけです。
 前者を貯蓄槽が小さすぎて溢れ出す人とすれば、後者は大きすぎるか、整理が下手なために、何が災いしているのかその災いしているものを引き出せない人です。こういう人たちも、不満や不安を隠すことが出来ません。何故、喘息が起こってくるのか分からん。自分にはこれまでも現在も何にも問題がありゃしない。貯蓄槽から問題を拾ってこれぬ、探し出せない、と言って、不満や不安を口に出すわけです。
 後者の群には、顔で笑って心で泣くという、表と裏を反対にさせる人もいますが、失感情症(アレキシシミア)と呼ばれる一群の人々が混ざっています。感情を見つめたり、表現したりできぬ人たちです。表情とか態度ではそれなりに示すのですが、言葉にできないという人々です。言葉に表現して処理できないために、喘息でスリかえているというわけです。人間は、心を見つめたり、分析したり、表現したりして感情処理をするのですが、それがうまく出来ぬと、一見、無表情となったり、ニコやかな顔を続けながらも感情を語れぬため喘息を起こし処理しているわけです。喘息を起こしながら、つらそうな顔をしていない、あまり何も語れないという人の中に、こういう人がいます。
 前者、後者、いずれにしても、自分の欲求や感情を見つめたり、分析したりして適切な言葉、あるいは文字として表現し、意思疎通を図るということができないということです。
 それが適切にできないため、不満や不安が渦巻き、口の端に出てこざるを得ないのだと言えはしないでしょうか。

34 不満や不安が渦を巻いた場合

行動医学(34)
喘息大学学長 清水 巍

 城北病院に入院すると、胸部写真や血液検査の一般的なものの他に28種類のアレルゲン皮内テスト、沢山の吸入誘発テストで、アレルギーの面から、アストグラフによる気道過敏性の面からと徹底して検査が行われます。
 毎日、喘息体操、週3日の自律訓練、週1回ヨガ、腹式、排痰の訓練があります。クスリ、食事の話、勉強会、盛沢山であり、身体の面から徹底的な教育が実施されます。
 同時に、心の面も検討されます。今号では、不満と不安が渦を巻いた場合を考えてみることにします。
 例えば不満の例を一例挙げます。「家族から頼りになるいいお母さんだ」とみんなからほめられたいとの欲求を持っているとします。子供も大きくなって手がかからなくなり、旦那も『病気なら入院しとってくれや』と奥さんを放置する関係となると、満たされぬ感情が渦を巻き、発作となります。発作が出ればいろいろと構ってくれ、感情が満足するということになります。昔、出会った例ですが、腹部の手術をするということになると、皆んながやっと心配してくれたり、見舞ってくれるので、腹痛を訴えては検査を要求し、手術ということになると安心し、腹部に幾つもの手術創を持って入院した患者さんがありました。喘息もあったのですが、私たちの病院では手術はしませんでした。ある日、ベットの柵につかまって、陣痛の苦しみを再現する動作が出現しました。自分はこのように役立ったのだという表現なわけですが、家族はシラーッと見ているわけです。
 「頼りになる、いいお母さんだ」と言ってほしい。そういう役割を今一度実現したいという感情から出発しているのに、それを前向きに認識したり、表現したり、行動で示せぬため、渦を巻いてしまい、反対の方向に向かうのです。これを「陰性の感情を持つ」とか、「後向きの感情表出」とか言います。不満が言語化できぬため、前向きの解決がとれぬため、手術嗜癖となったり喘息発作になったりしたのです。
 幼児期の淋しさが渦を巻いていた人、長い間の苦労や心労、忍耐がこらえきれなくなって渦を巻き出した人、家族にないという感情が渦巻く人、渦を巻き出すと、何がどう回ったのか、一体、何か回ってるのか分らなくなるのです。扇風機が回ってるのを見ても何枚の羽根がどちらへ回ってるのか分らず、ゆっくりになったり、止まったりして、始めて2枚羽根だとか3枚、4枚だったとかが分るでしょう。川の淀みにできた渦や、石裏にできた渦のために、いつまでもゴミがぐるぐる回って下流へ流れることができないのを見たことがあるでしょう。喘息発作との間をグルグル回るのです。
 不安の例を挙げてみましょう。「すぐ発作になる。必ず吸入か注射しないと治まらない」という人がいます。間が持たないという人の多くは、救急車に乗ったことがある。他人にひどい迷惑をかけた、意識を失ったことがあるという人に多いのです。その不安が頭のどこかにあるために、急激にひどくなるだけなのです。“救急車症候群”とでも言ったらよいでしょうか。「また、ああなるのでは?という不安のせいだったのか」と分ると、「そうそういつも救急車に乗る発作が来るわけでもない」と納得し、間が持てるようになってきます。
 意外と、「間が持てる」という自信が少しでもついてくると、「なんであんなに脅えたのか」と、不思議とよくなるのです。タバコ飲みが「やめられない、どうしてもやめられない」と言いながら、禁煙に成功すると飲まなくてよくなることと似ています。
 以上、不満や不安は渦を巻くとアレルギー体質、気管支の過敏な体質の人では発作という姿になって現われること、ぐるぐる回ってるため一体、どういうものが中心になって回ってるのか分りにくいということをお話ししました。グルグル回る条件が取り除けないために発作をし、点滴をし、ステロイドを使っている人は多いのです。認めたくないために、発見できぬ人もいます。
 そういう点滴組、ステロイドやケナコルトで事態を隠している人は、「何がどう渦巻いてるか認識しない」で、修復を表面上はかっては生活している人ですから、正しいことを言っていないと考えねばなりません。自分を弁護するために「喘息は治らない」とか、「自分には原因がない」とか「医師や医学が悪い」、「○○がよい」とか、声を大きくして強弁しないと自分の存在が保てない、断定的、排撃的に発言しないと気が済まぬため、正確さを欠く発言が多いのです。
 やはり、よくなった人、発作が出なくなったり安定した人、成人喘息コンサルタントなどの話にこそ、学ぶべきなのです。よい影響を受けてこそ、よくなるのであり、点滴組やステロイド依存組の人の言葉の背後にある渦が批判、見抜くことができてこそ、よくなるのです。自らが渦中にある人も、抜け出した時の喜びと新世界の空気の美味しさを味うため、何が渦となっているか、発見への努力、除去への努力を恐れず開始しようではありませんか。そのほうが早くよくなるでしょう。

35 よい考え、はよい行動を作り出す

行動医学(35)
喘息大学学長 清水 巍

 昭和60年7月27日(土)と28日(日)、和歌山生協病院が中心となって、和歌山喘息大学が発足し、入学式に私も参加してきました。4年制の喘息大学が誕生したのですが、その設立の中心となられた久保裕先生は、次のようなお話をして下さいました。
 「4月に重症の肺炎になり、人工呼吸器をつけて治療を受けたのです。ああ、もう死ぬかもしれん。死ぬ前にやっておきたいことがあったのに。それは、成人の喘息のための喘息大学を作ることだ。いつかやりたいと思って延ばし延ばしにしてきたけど、とうとう死ぬかもしれない破目となった。生命があって再起できたら必ずやろう。」そう願ったというのです。幸い、生命があり肺炎が治ったので、決意どおり2ヶ月の準備で、発足にこぎつけたということでした。途中、学生が集まるかどうか不安だったけど、NHKのテレビや日経(日本経済新聞)、朝日(新聞)での喘息大学の相次ぐ紹介で、和歌山のマスコミも好意的に取り上げてくれるようになり、僅か2ヶ月の準備で30名の学生が集まったということでした。
 日航のジャンボ機が墜落し、多くの生命が失われましたが、人間、死んだつもりで、生きて何ごとか成さんとすれば、とてつもなく大きなことができるのではないでしょうか。久保先生は生死の間をさ迷いながら生きていたら喘息大学を作ろうと決意され、見事、スタッフの協力を得て、喘息大学をお作りになったのですが、今後のご発展を期待したいと思います。
 喘息の患者さんも、何回か「死ぬのではないか」という恐怖を味わったことがあるでしょう。「つらくてつらくて、考えるどころのさわぎでない」というのが実情かもしれません。しかし、いくつかの死線をくぐって今日の生命があるのなら、どのようにこれからの日々の生活を考えたらよいか、一度死んだつもりになって考え直してみれば、大きなことができるのではないでしょうか。みんなのお陰と自分の頑張りとで今日ある命です。不遇、不満をかこっていては、もったいないではありませんか。
 石川県喘息友の会(若葉会)の前会長松田正一さんは、「三途の川のそばまで2度、行ってきました」と、よく体験を語ってくれます。そして、「今日、こうして生あることは有難いことです。やがて80歳近くになるのに、市内をバイクで走り回って勤めもでき、他人のために尽すことができる。私は感謝せなならんと思います」と、力をこめてお話になります。
 そういうよい考えが頭の中を支配していますと、次々とよい行動が生まれてきます。気管支喘息の自然とよくなるのも道理です。いろんな状況下にありながら、絶えず自分の頭の中が、よい考えで満ち溢れてくるように、自己を調節することが大切なのです。よい考えや感情に浸って、よい行動が素直に展開されていれば、他人の目から見ていても、それは、気持ちがよいものです。
 「自分の頭の中には、感謝や嬉しさ、生かし生かされているという喜びが溢れているのかどうか」の検討が必要なのです。少くとも「自分を前向きに評価して」生きているのかどうか、「自分から自分を変えていこうと努力している」のかどうか、「他人に期待したり、頼ってばかりしていないか」、「喘息という病気のせいにばかりしていないか」、「医療スタッフ、親族、他人に不満を抱いていやしないか、口先ばかりの感謝ではなく、病人として好きなようにさせてもらってきたことに(自分が相手だったら、できるのか)、心から感謝しているのか」の検討が必要です。
 みなさんも、自分の頭の中を検討してみて下さい。沈思黙考し、スイカをたたくように自分の右頭を右指で軽くたたいてみて下さい。ポンポンとよい音が耳に響くでしょうか。それでどんな考えがつまっているのでしょうか。久保先生や松田正一さん並みだなーという人には、言うことはありません。ま、そこまでいかずとも、「日々是好日、嬉しさと楽しさがまあ支配的だ」という人は合格です。よい刺激を自分で自分の頭に加えているからです。
 喘息が起こるから面白くない、不自由だ、頭がいっぱいだ、楽しくない、つらいばかりだ、こういう考えの人は、毎日毎日、自分で不安の刺激を増大させ、実は喘息がやっぱり起こるように自分で自分に悪い刺激を加えているのです。「何も考えることが浮かばない」という人は、残念ながら今のままが続くでしょう。自分の頭の中が、ギリギリのところから立ち上がって、症状があろうか無かろうが、まず、よい考えにならないと喘息はよくならないのです。
 喘息大学は、よい刺激を加えあうようにと設立されました。5年の実績を持ち、来年は7期生を迎えます。7期生への申し込みは既に170名を超えてしまいました。喘大の定員は80名です。頑張っても100名までが受け入れ可能の限界でしょう。丁寧な教育ができぬようになる―からです。
 本家本元の喘息大学は、7期生からは、各地で患者会を作ってくれたり、喘大を作るような活動家になる、できるという人を受け入れていく、という構想が出されています。喘息を治す方法だけを学び身につけたいという人は、一泊ゼミナールで、丁寧に講習します。170名を、受付順位を大切にしながら分割しなければなりません。大阪や和歌山の喘大でいいという人はそちらへ斡旋します。
 喘息の患者会→喘息大学→よい刺激を与えあおうという、「よい考え」は、「よい行動」を広げ出しています。「全国の津々浦々へ、そして、全ての患者さんの頭に、よい考えと行動を」というのが、これからの合言葉です。
 (症状がひどくても、自分はまだ幸せだと感謝できるようになるかどうかが、この章の理解のポイントです。次号でもう少し詳しくお話しします。)

36 まず、自分を変えること

行動医学(36)
喘息大学学長 清水 巍

 前号で「よい考え」は、「よい行動」を作り出すことをお話しました。
 よい考えになると、喘息は間違いなくよくなってくるものですが、理解しやすくするため、両極端について話してみましょう。
 一方の例は城北病院でよくみられるのですが、入院してきたら「あれほどひどく起こっていた喘息が起こらなくなった」という例です。昨日までの身体や気管支と、今日の身体や気管支に、そう変化が起こるはずもなかろうに、不思議と喘息が出なくなった、という人がたくさんいるのです。昨日まで、治らない病気であった筈の気管支喘息が、入院した日から消えた病気となるのです。バカな、そんな喘息の重症発作が消えるわけがない、と本人自身も思ってるのに、出なくなるのです。もともと軽かったという論議になったり、「あんたは本当に喘息ですか、どこが悪いんですか、不思議や」と古株の人が皮肉を語ったりして、トラブルを起したりします。
 新しく来た人で喘息発作の消えた人から見れば、トイレにも行けず、何本も何日も点滴をして苦しんできたことがあったのに、城北の患者は2本ないし3本程度の点滴でおしゃべりはするは、トイレへ足早で行くは、それも毎日のように2本ないし3本やっている、どうしてズルズルするのか、不思議となります。
 何故、ケローッとするのか、それは、頭の中がよくなった結果です。
 転地療法のことで以前にも書きましたが、遠くの居住地で、つらい思いをしていたことが喘息に影響を及ぼしていた人は、城北病院に来て、ストレスから解放されたようになって、よくなるのだと、語ってくれます。逆に言えばニッチもサッチも行かずという状態からの脱出でよくなったと言えるのです。考えなくなることもあるでしょう。城北病院の他の患者さんを見て安心することもあるでしょう。いずれにせよ、ストレスからの解放で、こんなによくなるのかと気づき、ストレスに感じていた自分の方がおかしかったと気づき、これから元のとこへ戻っていって、どう生活していけばよいか、闘病の種々の武器・方法をも身につけたことも合わせ、感謝と希望を持って帰ります。そこで闘病実践がうまくいけば安定します。うまく切り結んでいけないと、再入院を近くの病院ですることとなります。帰ってからの展望が立たぬ人は、いつまでも城北にいることになります。喘息が重症だからということよりも、帰ってからの展望が立たぬため、長期の入院患者が形成されます。
 ストレスから解放され、よい医療を受け、鍛錬もよく頑張り、喘息もよくなってきます。
 一方、その正反対の時に「よい考え」に切り換わることができる人がいます。重積となったり、終日の点滴をくり返しながら、「自分はどん底だ、よーし、ハイ上がらなければ」と本心から反省し、以来、よくなってきたという人が沢山います。ただし、城北病院での場合です。どこへでも違った土地で入院すれば治ったり、どこの他の病院ででも、つらい発作で苦しむだけ苦しんで、ギリギリのとこで反省すれば治るというものでもないでしょう。しかし、近似現象は起こり得ますし、法則性はあるのです。
 両極端をあげました。いずれの場合も「自分で自分を変えた。変えるよう努力して成功した」ことがポイントです。よく、ギリギリのところからハイ上がるとか、最低のとこから頑張り出した、という話があります。強い感動や決意、努力は、人間の脳の細胞を変性させ、いつまでも跡を残すと言われます。そこまでいかないと喘息発作へのバイパスが断ち切れないのかもしれません。
 治りのこない人を反面教師とすると、逆によく分ります。心から治そうとはしていないし、努力も本心からはしていません。いろいろ言われるのはイヤだから、その日その日が楽であればというのがよく見えます。今のままが無難であり、安住の場であり、発作は居住権、存在権の武器になったり、今のまま生かしといてくれという宣言になったりします。中途半端では、喘息も中途半端なのです。
 では、どうすればよいか。自分で自分を変えないとダメです。主治医がしっかりせねばなりません。そのキッカケとなる場や機会を医療スタッフは与えるし、その指導や援助をしますし、当面の発作をジャンプさせてはくれます。この“わかば”も喘息大学もゼミナール、中間交流会、患者会の合宿や講演会、忘年会もよい機会です。そういう場を活用するのも一つ、とことん誰かに教えを受けるのも一つ、散歩、喘息体操、腹式、皮膚マサツ、自律訓練を続けるのも一つの方法です。よい考えを身につけよう。浮かばせようとしたって、そんな簡単に浮かんだり身についたりするものではありません。脳細胞の蛋白を何しろ変性させる位の力が必要なのですから。よい行動を続けていけば、どこからか少しは変ってくることもあります。行動を続けながら変化を求めることです。
 努力を、行動、言動にしていれば、必ずよくなるチャンスにぶつかるものです。

37 外からの影響と内からの影響

行動医学(37)
喘息大学学長 清水 巍

 左の図は、口から入ってくる外からの気道への影響と、脳や神経を伝わってくる内からの影響の関係を図示しています。両方で気道は調整されています。

g37

 外因性喘息と言われる喘息の場合、インタールも減感作療法、アルデシンや各種の吸入療法は有効です。気管支拡張剤の内服も有効ですから、外因性のみの人は、通常の医学的治療でコントロールは可能であります。
 内因性喘息と呼ばれる、内からの影響が問題な人は外からの影響ばかり注目し、対策をたてていても治りが悪いことはお分りでしょう。成人喘息で、通常の治療で治癒できなかった人は、殆んど内因が大きく関与していたからと言えるでしょう。内の問題を改善すると、成人喘息は殆んどよくなるか治り得る。せいぜいで通常の医学的治療を併用で、コントロールできるのです。従って、外からのものは制御しやすいけど、内からのものは目に見えませんので、分りにくいのです。
 私たちの病院では、喘息を起しやすい物質について吸入誘発テストをします。それですぐに影響が出て喘息発作が起きた場合、すぐに気管支拡張剤を吸入すれば簡単に治ってしまいます。この実験的な無数の経験からも、外因性喘息は治しやすいことがお分り頂けるでしょう。一方、外因と内因の両方が関与する喘息の人の場合、吸入誘発テストで発作が誘発されますと、吸入で少し楽になりますが、その薬の効果が切れると発作が続いて起っている真の姿がまた現れてきます。そうするとステロイドを使わないと治りにくいのです。内因性が関与する喘息には、吸入は一時的効果しかなく、ステロイドがよく効く(内因性喘息を抑える)理由がお分り頂けるでしょう。ネオフィリンやテオフィリン剤は、どちらにも効果があります。
 何故、夜に眠っている場合や朝方、暁方に発作が多いのか、昼寝をした後でも何故おきやすいのか、その理由の一つとして、寝てしまうと緊張がとれ、無防備になることが挙げられます。
 ホッとした場合に喘息が発症するとか、発作が出てくるという場合も同じ理屈です。では、寝ていても緊張せねばならぬのか、そうではありません。大脳→視床下部→自律神経や感情などの間に無理や疲労、歪みやヒズミがあって、ちょっとした外からの影響を受け易くなっているので、緊張がとれると発作が出るのですから、内からのルートの無理や疲労、過剰反応もストレス、歪みやヒズミをとっていけば、弛緩しても大丈夫なのです。
 内からのルートが正常化して、外因にも耐えられるようになる-喘息がよくなるタイプに次の三つがあると私は思っています。
 第一は、喘息について理解し、薬や鍛錬、運動についてよく分っただけでよくなる群です。喘息についてや対処の仕方の無知や考え方の間違いが正されさえすればよくなる人です。医療スタッフや患者さんの側から見ても、効果がすぐ出てきて有難い群です。
 第二は、ストレスを貯めこんでしまう生き方、甘えてばかりいた自分、過去や生い立ちを振り返ることによって、内からのルートが変調していたことに気づき正常化させていく生き方、考え方を身につける努力によって安定へ向う群です。
 第三は、第一と第二について頭では分るけど本心からは分らない。考えると分らなくなるという群です。0才~4才ぐらいまでの間に満たされぬ思いがあったり、甘やかされ過ぎたりして、情動の表現がスムースでなく、感情と言葉に分離があったり、誤魔化しや仮面を得意としたり、他人がああ思っているのではないかと過剰反応となるなどの欠陥が身について、大人の今の時期まで持ち越した人です。第一と第二の努力に加え、人格改造が必要です。ヨガや自律訓練で身体への気づきを得たり、交流療法や少しずつの努力で変化へのチャンスを把まねばなりません。重いとストレートに言葉と結びつける本音での話し合いや日記に書く等の努力で、矯正が必要な場合があります。長年の考え方や人格を変えようとすると、大きな抵抗に直面します。今のままでいいという人も出てきます。こういう人は大きなエネルギーを出して脱皮せねば治りません。
 以上三つは治り得る群です。その他第四は、治さなくてもいい、そんな努力はしないという人がいます。疾病利得にドップリつかった群です。
 成人喘息の患者は外からだけでなく、内からの影響を自ら口にする訓練、語ることが出来るようになる話し合いが必要です。それは内からの影響が大きいことを認めることから出発します。感染型の場合は、白血球の増加や発熱、気道の炎症そのものが喘息を引き起すので、外と内の真ん中に位置し、外と内の両方の影響もまた、受けることになるでしょう。

38 P氏からQ君へ

行動医学(38)
喘息大学学長 清水 巍

 外からの影響と、内からの影響の関係を証明する典型的な例、Q君の場合を考えてみましょう。
 Q君は3才頃喘息を発症、小学6年の時、名古屋大学付属病院の施設入院。以来29才の今日まで喘息のために働けず、プレドニンを日に2錠飲んだりして、定職につけず今日まできました。城北病院に入院当初は「発作はなくなったものの、身体がダルウて、ダルウーて」と殆どベッドに寝たきりの生活でした。始めは肝臓のせいと考えましたが、肝機能が正常化しても「ダルウーて」は変化しませんでした。Q君に肝臓は大丈夫と主治医が言うと、「そんなら副腎が弱っとるためやと思うんです」と本人は言うのです。副腎の機能も正常化してきたら、「そな、なんでダルいんでしょう」ということになりました。ダルいという思い込み、考えてみればダルい、だから動けないという大脳レベルの問題の方が主であるということが、本人との話し合いで明らかになったのです。
 吸入誘発テストの結果ではハウスダストで即時型強陽性、綿でも即時型陽性でした。血中での抗体もRAST法でダニにスコア4を示す典型的なハウスダスト喘息の一例でした。それでQ君の3才から29才までの26年間の喘息は、ハウスダストと綿などアレルゲンのためだけで起こり続け、それで働けなかったのでしょうか。プレドニン(副腎皮質ホルモン剤)の2錠毎日というのは、アレルゲンの影響を阻止するためのみ必要だったのでしょうか。
 ハウスダストやダニに影響を受ける体質は持続しながらも、Q君は減感作療法を受けなくても発作が殆どなくなりました。プレドニンを飲まなくても、城北病院中には発作が無くなりました。その理由は、先にも述べたように、ダルいとか喘息があるからということで親に甘えたり、働かなくてもよくしたりの、病気を隠れミノにしてきた自分に、手記を書いて気づいたからです。疾病のせいにして困難を回避してきたことに気づいたのです。
 Q君は少し明るくなりました。病院から働きに出かけてみることになりました。しかし、2ヶ月後、とうとう「身体がダルーて体力的についていけん」と言い出し、仕事に出るのを辞めました。理由は「体力的についていけん」でした。
 遠くにいるお母さんからは「Qが仕事に出ている様子、嬉しい限りです。これまで誰も叱らず、病気のせいにして甘えさせてしまいました。心から先生が叱正して下さることにより、Qも母親に感謝せないけんというようなことを言ってくれるようになりました。これまで、そんなふうに叱ったり、指導して下さる人とQは巡り合わなかったのです。」という内容の手紙が届きました。
「体力的に」という理由について、もう一度手記を書くよう勧めました。
 「現在の気持ちでは続けて行くのは無理です。体が思った様についてこないし、工務店の今の労働量に対し慣れる余裕は許されないと思います。僕は体がつらく、肉体的に続けられないのだと正直に思いこんだのですが、先生のおっしゃった“自分と他人を誤魔化すな”“分析をキチンとしろ”と言われたことは、前と同じ失敗をくり返さないためになのですね。今迄も、学校をやめたり、仕事をやめたり、入院したりと言うのは悪い病気のせいなんだと片付けてきた様に思います。もう少し、その裏側にある対人関係の問題や自分自身の反省には目を向けていなかった様に思います。これからは表面に浮かぶ理由のせいにしないよう考え方を変え、家業を継ぐため、故郷へ帰ります」
 これは3回目の手記でした。嘘ではないんだけども頭に浮かぶ表面的な理由だけのせいにして、その裏を見ることができずにきた典型的な人でした。多くの喘息の人が、やはり頭に一番最初に浮かぶ理由のせいだけにしてその裏にあるものを見ようとしなかったのではないでしょうか。Q君は今は反省できていますが、また困難にぶつかると“体力が浮かんでくれば体力のせい”“喘息が浮かんでくれば、やっぱり治っていないと喘息のせい”そういう表面的な事しか考えないで過してきた大脳は、そう簡単には治らないのではないでしょうか。
 困難は伴うけど成長していって喘息を克服するか、中途半端にして今度また何かに逃げ込むか、どちらかの選択をして生きて行かねばなりません。行動医学のシリーズの冒頭に私はP氏のことを紹介しました。P氏は職場復帰に失敗し、黙って義母と共に旅立ちましたが、Q君には立派に社会復帰してほしいと念願しているのです。その願いをこめて、P氏の次の人という意味で仮名をQ君にしました。私としても二度も同じ失敗をしたくないのです。
 明確なアレルゲンが存在しながらも、自分の欠点に気づき、手記を書くことによって内からの悪影響を取り除き喘息が(今の処)消えてしまった例を紹介しました。

 気管支喘息の発作を起してきた人が、自分を違った角度から反省的に、客観的に見つめられるようになってくると、喘息発作を起さなくてもよいようになってくるようです。自分の欠点、即ち、自分の不足しているところに気づき、心から納得して反省できるとよくなります。次号より、不足の“不”の問題について考えてみましょう。

39 「不」の克服

行動医学(39)
喘息大学学長 清水 巍

 喘息の患者にとって、「不安」の克服は大きな課題です。不安だけで発作がどんどんひどくなっていく人は意外と多いのです。「この前のようにひどくなるのではないか」「かつてと同じようになるのでは?」という予感があるだけで、心が喘ぎ、気管が喘ぎ、重症発作や重積発作、果ては人工呼吸器をつけねばならぬ状態になる人もあるのです。どうしてでしょう。
 合い鍵(カギ)の理論で説明がつくのです。鍵が合えば、本物の鍵でなくても戸は開きますね。救急車に何回か乗ったような人は、また乗るのではないかという不安、恐怖がカスめるだけで、発作がひどくなってしまいます。入院しているベッドの上で発作が起っても、救急車を迎えた時の恐怖が頭をよぎって急激にひどくなるのです。“救急車症候群”といってもいいのではないでしょうか。そういう人は、ここは病院だ、救急車に乗らなくてもよい、いつもそんな救急車に乗るような発作になるわけではない。と言い聞かすように指導すると、そんなにひどくならなくなります。「大きな発作」と「不安」が一度、結びつきますと「軽い発作」でも「不安」と結びつくだけで、かつてのような「大発作」になることがあります。似た刺激が似た反応を引き起こしてしまう―似た鍵が錠を開けてしまう理屈なのです。
 では、どうすれば「不安」が克服できるのでしょう。まず、不安が喘息をかきたてるというカラクリを見破ることです。次に腹式や排痰、クスリの内服や吸入で、治ったことがある。大丈夫、これで治ると「よい暗示」「よい刺激」を脳にあたえ続けることです。よい条件反射に切りかえて、成功する体験を重ね、自信をつけるのです。
 それでもダメな人は「不安」だけが問題ではないでしょう。不安の他に沢山の「不」をかかえてはしないか、検討してみましょう。辞書をくってみると百ほど出てくるのですが、関係ありそうなのを列挙してみましょう。
不安、不案内、不意、不一(十分意をつくさないこと)、不運、不得手、不縁、不穏、不快、不可解、不覚、不可抗力、不恰好、不感症、不完全、不義、不機嫌、不規則、不吉、不休、不気味、不況、不器用、不義理、不遇不幸、不合理、不始末、不自由、不十分、不消化、不信、不正、不成功不足、不注意、不調和、不出来、不適当、不徹底、不当、不得意、不徳、不慣れ、不似合、不服不平、不便、不本意、不満不眠、不毛、不愉快、不養生、不利益不和、不渡り・・・・etc。(傍線の語は特に関係あるもの)
 第一は、不安の他にもここに列挙したような不のつくものを抱えていやしないか、こういうものにもやはり、過敏な反応を示す傾向がないかを考えてみなければなりません。だから、不安が少し大きくなっただけで、早や喘息に逃げこんでしまうのではないかと考えるのです。不安だけでなく、全ての“不”のつく文字を改善する生活にするよう、心がけねばなりません。かかえても持ちきれぬほど、この“不”を心にふくらませて持っていやしないか、検討して下さい。
 第二に、喘息の人はキメキメで、理想主義者で完全主義、他人からいつもよく思われたい、言われたいと思い過ぎる所があります。喘息であることを知られたくない、弱味につけ入れられたくないと、過剰防衛、過剰反応を示す人もいます。アレルゲンや感染で過剰な反応ではなく、心理的にもこの“不”のつく出来事に過剰な反応を示していないか反省せねばなりません。不信は不信だ、不安は不安だ、不幸は不幸だ、不出来は不出来、と決めつけていることを反省するのです。それは信頼への足がかり、安心、幸福、成功への足がかりと全てよい方向に受けとめず、完全でなかったと言っては落ち込み、喘息で代償するのをやめねばなりません。
 第三は、この“不”のつく文字も出来事も、みな食べて成長するということです。この“不”があればこそ、発展があり、より完全なものに近ずくし、どこまで行っても不のなくなることはなく、相対的なものに過ぎません。向っていく立場、マイナスをプラスにする習慣が必要です。
 今年の年賀状は虎年でしたから、やせた虎の図柄にしました。私の初めての本の24ページに「山月記」という虎になる物語について書きました。高校3年の時は自分の中にいた虎を飼い慣らすことが出来ず、いつも悩んでいました。しかし、やせた虎をかかえていたからこそ、今日の私はあると思います。今でも虎はやせていますが、飼い慣らすことが出来つつあると思い、親しい人に賀状として出しました。
 「不」というものがあればこそ、発展があるのです。

 行動医学も40回を迎えます。編集部から一区切りをと言われています。次号で行動医学をしめくくります。次々回からはどんな企画がよいか、ご意見をお聞かせ下さい。
(ご意見ご要望は清水先生又は、わかば編集部へ)

40 まとめ 依存から「自立と連帯」へ

行動医学(40)
喘息大学学長 清水 巍

 長い間、ご愛読を頂き有難うございました。P氏の行動を辿ることから始まった行動医学は40回目を迎えました。私もこんなに長く続くとは予想だにしなかったことですが、心の影響シリーズが始まった途端に「わかば会をやめようと思ったけど、もう少し続けることにした」とか「もっと広く続けて欲しい」という励ましで、ここまでくることができました。
 患者さんの心の影響を行動から眺め、行動が変っていくことによって、喘息がよくなったり、悪くなったりすることを医学的に見てきました。行動医学の重要性を少しは解明できたと思います。どういうテーマと例で書けば、少しは患者さんの思考によい影響を与えるか、目の前の患者さんが変っていくか、1ヶ月間、頭の中で考え何かが発酵するのを待ち、書き上げるという手法をとってきました。
 ヒポクラテス(医学の父・紀元前450年)は、ギリシャのコス島のアクレピオス神殿で、毎日毎日患者を見ながら、どういう人は治っていき、どういう人は悪化するのか、どの人とどの人には共通性があるか、観察をし記録をしたと言われています。患者を診ながら、それまでの何ものにもとらわれず、真理を見抜いていったものがヒポクラテス医学でした。これが今日の西洋医学の源流となったのです。
 今日の喘息治療をみますと、いつのまにか、あまりにも既成の文献と医学常識にとどまり、検査の機械、クスリに頼りすぎています。ひとり一人の患者の症状と行動、生活に寄り添って出発するというヒポクラテスの医学、医療の原則が失われていはしないかという疑念を持っていました。患者の行動と医療スタッフの行動を平行的に重ね合わせ、医学的に見ていこうというのが喘息大学であり、“わかば”の「行動医学」でした。
 皆様に益する何かがあったとすれば、患者さんのそばにあって、何ものにもとらわれないで「喘息患者に益する真実を見つけ出そう」という医師の眼があったからですし、見せてくれた患者さんがいたからです。新鮮さや心打つものがあったとすれば、事実を反映していたからでありましょう。
 このシリーズを終えるにあたり、当面の結論として次のことを申し上げておきたいと思います。
 『喘息患者は大気汚染にしても、気候やアレルゲン、ウィルスや細菌の感染、食品、薬品など、体の外から影響を及ぼしてくるものに、真っ先に反応します。外的影響だけでなく、人間と人間のあり方に関係する内的な心理的影響にも、過敏な反応を示します。過剰とも言える程の防衛反応が気管支喘息患者には生じてくるのであります。時代や環境を最も早く先どりして、過敏な反応を示す一群の人々―それが気管支喘息の患者であります。
 このように最先端をいく人々が、健康で長生きする環境に目を向け、外的環境を整備する先頭に立つと共に、自分の行き方についても早目に振りかえり、美しく幸福な人間関係を作る担い手になることは、重要な意味を持ちます。外的環境、内的環境からの犠牲者であることをやめ、両方の環境を整備する旗手となるからです。喘息患者に幸わせを保証するだけでなく、全ての他の病気を持つ人、持たない人にとっても、よい外的、内的環境を作る見本にもなります。喘息患者が「してもらう」から「してあげる」へ集団的に変身するのです。喘息患者が本当にそのように集団的に変身できるなら、他の疾病の患者や健康な人の生き方にも、影響を与えることができるでしょう。喘息患者が良くなり、治るようにすることは、よい社会やよい医療を作ることであり、よい人間関係や生き方を作ることにつながるからであります。』
 この結論は「みんなで治す」姉妹書として5月に発行予定の「心を見つめて(仮題)」(合同出版)の序文の一節です。そこへ継ながっていくわけです。また、依存から「自立と連帯」へ―というこのまとめの副題は、随分とお待たせした「大人の喘息」清水・大門・藤山共著(あゆみ出版)の副題です。「してもらう」から「してあげる」へ―と同じものですが、甘えと依存からの脱却をめざすものです。これも5月に出る予定です。みんなの自立ができてこそ、素晴らしい連帯が始まります。行動医学40回は、これら2冊の本に5月に引き継がれます。ご期待ください。

入院・外来患者の手記や日記に目を通し、コメントを書きながら、全国の患者の手紙にも返事を書いていく、その合間を縫っては診療・学会活動と執筆は、木下順次作の「夕鶴」の「おつう」のように身を削るたたかいでした。しかし、拙い部分、いたらぬ部分を削りとって、少しは役に立つ自分への変身の過程でもありました。励まし支えて下さいました皆様に厚く感謝申し上げます。以上で「まとめ」と致します。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone